地域一番アドバイザー中澤 裕太朗

略歴

京都府出身。中学1年生の冬から宮崎県に転校し、高校時代までを過ごす。
中学時代、高校時代はサッカーに没頭し、中学時代には県大会2回優勝、高校では3位入賞を果たす。レギュラーとして活躍し、県選抜にも選ばれる。

大学は、大阪の関西大学に入学。卒業後は、飲食業界に入社。入社1年目から店舗経営に携わり、1年後に店舗責任者に就任。その後、レストラン業態・カフェ業態の新規店舗・不採算店舗の立て直しを中心に業務を行い、マーケティング・マネジメントの両面での店舗経営の経験を積み、店長就任後、五期連続赤字だったのを昨年対比200%の実績を作り、4期連続黒字にさせる。

その後、「自分を更に成長させたい」、「色んな業界の人と仕事をしたい」という想いからコンサルティング会社に転職。特に、人材育成、評価制度、組織の最適配置を中心としたコンサルティング業務を担当。コンサルティングチームのグループリーダーとして、新規事業を一から立ち上げ、1年で0から4000万の受注を果たし、社内のコンサルティングチーム部門の中で社内で過去1位の売上を達成。

その後、妻と出会い、義理のお父様が歯科医院を経営していることから歯科医院の課題・悩みなど歯科業界のお話を受け奮起。自分のこれまで培ってきたマーケティング・マネジメントの経験を活かして1人でも多くの先生達の支援をしたいと想い、経営戦略研究所の門を叩く。

中澤 裕太朗をより知って頂くために

幼少期

「点が取れない、、」

この言葉は、小学校時代にサッカースクールに通い痛感した初めての挫折したときの心の声です。サッカーは、小学3年生の冬に始めました。

「ストライカーになりたい!」

本当は、テレビでみていた三浦和良選手・ゴン中山選手のような点を取って、チームメイト・観客から祝福され輝いている姿を夢みて、サッカーを始めたのにもかかわらず始めてみると中々上手くいきませんでした。

シュートを打っても入らない。
そもそも、シュートにいくまでに敵にボールをとられてしまう。

サッカーは、11人で試合をするのでやはり中々ゴールを決められないと、チームメイトも必死に試合に勝とうとしているので後ろから野次がとんできます。

「何回外すねん!決めろよ!」

辛かったですね。
関西弁なので、特に心に刺さるきつい言葉を浴びたこともありました。そのときは、試合終わりに見えないところで、三角座りをして四隅で何度も泣いたこともありました。チームメイトにばれないように、顔を洗って、そのままピッチに戻ったこともありました。

そんな中、今でも覚えているのは、試合後、試合会場から家に帰る車の中で私に母親・父親がかけてくれた言葉です。

「1つ1つ練習して、1個ずつ上手くなればいい」
「ただ、そのためには人よりたくさん頑張らないといけないね」

その言葉を聞いたとき少年時代の私はもう一度、頑張ってみようと決意をしたことを覚えています。

そこから、帰ってすぐに、机に向かいノートを開きその時思いつく限り、やることを書き殴りました。

・とにかく、誰よりも長く練習する
・朝誰よりも早く行き、一番最後までボールを蹴る
・サッカースクールがないときは、空き地でボールを蹴る
・自分のどの動きが悪いかをチームメイトに聞く
・試合も、お父さんが来てくれる時はビデオを録画してもらい、自分の動き、ボールをうけるときのタイミングをみる
・本を買ってみる
・プロ選手のボールをもらう動き方の違いを勉強する
それをノートに書いて、その日からサッカー日記をつけることにしました。

そんな日々が続く中、

小学4年生の県大会への出場をかけた試合。
残り試合時間5分 私はベンチで勝利を願っていました。0-0の緊迫したゲーム展開の中での、コーナーキック。そのとき私は監督から呼ばれました。「点をとるぞ!!」その思いで、ペナルティーエリアに向かいました。左コーナーキックのセンタリングから、ボレーシュートでのゴール。

その試合は1-0で勝つことができました。その年、初めて決めたゴールでした。
自分自身、涙が出るほど嬉しかったですが何より嬉しかったのは、チームメイト全員がかけよって祝福してくれたことでした。

「頑張ってたの見てたからなー!嬉しいわ!ナイスシュート!」
試合では、厳しい言葉をかけられていたメンバーからも温かく祝福してくれたのです。

「1つ1つ積み上げた努力を、人は見ている。」
「だから、1つ1つチャレンジすることが大切なんだ。」

そのとき喜びの感情の中で、この想いが心に残ったのを覚えています。日々の努力は、中々実ることはないけれどもこういうちょっとした経験の際に、実ることがある。だからこそ、見えない努力は続けたほうが良いんだなとこのとき心に刻みました。

その後、中学校では県大会で優勝したときの写真

今日から、あなたたちは経営者です。

関西大学を卒業して、レストラン業態を中心とした飲食事業会社に内定を貰いました。

「今日から、あなたたちは経営者です」

この言葉は、配属先が決まった矢先、突然本社に収集され入社1カ月前の3月に社長から言われたメッセージです。

「新卒だけで運営するお店をあなたたちに提供する。店舗デザイン、メニュー、売上管理すべて任せる。」

衝撃的でした。そんな会社聞いたことがないと思いながらもめちゃくちゃ内心ワクワクしたことを覚えています。自分たちで、店舗デザインを考えて、デザイナーと打ち合わせし、お店の理念・コンセプト、それに合わせたメニュー構成、店舗BGMを考え、売上シミュレーションを何度も試行錯誤して考えたのちに、4月中旬に出店。

全然上手くいきませんでした。

オープン当初は、「新卒だけで運営するお店?」と話題性もありたくさんのお客様に来ていただけましたが、想定していたオペレーションに負担がかかり、提供時間が遅れ、クレームの嵐。「まだ?」、「何分待たせるんだ!」、「ふざけるな!」
ひたすら謝り、毎日営業終わりに反省会の日々。
その影響からか、5月以降の売上が全然あげられず、赤字が続く月が2か月続きました。
理想と現実は、こんなにも違うのか。経営、売上を上げるのはこんなにも難しいのか。自分の甘さを痛感した日々でした。

なんとしてもV字回復しないといけない。でも、どうすればいい??
お金がないので、ホットペッパーなどの媒体への広告費もかけれないし、店頭で呼び込みをいくら頑張っても来ない。そんな日々を毎日過ごしていました。その頃は、休みなく働いていたこともありストレスで、胃腸炎にかかるスタッフもでてきていました。なんとかしないといけない。予算はなく、自分達の足で出来ることは何か。そのとき提案した内容が、「周辺の会社への企業訪問」でした。新卒という売りを最大限にだして、話を聞いてもらおう。予算を最低限に抑えて出来る唯一の方法でした。

新卒時代にお客様から集めていたお客様ノート

正直に言うと、これで売上をとれないと本当に終わりだという想いで、必死に最短で資料を練りました。店舗のこだわり、1分動画を作成し、期間限定の団体特別クーポンのチラシを作成。ターゲットは、普通に行っても絶対に聞いてもらえないのは分かっていたので人事部宛てに、訪問をすることにしました。なぜなら、新卒に対して一番関心を寄せているのは、人事の特に採用部門だからです。彼らは、採用する新卒、また採用した新卒の離職率が自分の評価に関わることを知っていたので新卒だけのお店に興味を持つ可能性があることを仮説していました。

夏の40度の炎天下の毎日、ランチ終わりにスーツに着替え、ディナーの仕込みまで1時間半毎日、25~30件まわり、ディナーを24時までする日々が続きました。

「新卒だけの店?何それ?おもしろいじゃん!」
「うちの新卒を連れてみせにいくよ!」
「うちの新卒と交流してくれない?」

そんな声が少しずつ増えだし、団体客が増え月に最大750人の最大実績を残すことができました。


私を変えた1つの行動

その後、幾つかの店舗を経験した後カフェ業態の不採算店舗の立て直しを命じられ新大阪の店舗に異動をしました。そのときの店舗は女性スタッフが8割、15人ほどいました。不採算店舗ということもあり、スタッフの環境も最悪な状態でした。私が来る前の店長は、私と入れ替わるタイミングで退職するということで店舗に入り、挨拶をしたときにはスタッフからは警戒心MAXで受け入れられたことを覚えています。

ほとんど女性スタッフであったこともあり、モチベーションを維持するのが大変難しく、シフトをだしても
・急にLINEでの当日欠勤連絡
・連絡なしの遅刻
・遅刻しても顔もみずに「すいません、遅れました」
・周りのスタッフも人数が少ない中での仕事に不満な雰囲気
・指導をすると、泣いてしまう

どうしたものか、、、、

そう思い考えたのが、このマネジメント方法でした。
それは、「とことんスタッフの話をきくこと」でした。

決めたことは、毎日、自分から笑顔で挨拶し、出勤時の声かけ、退勤時、まかないの時間。ひたすら話を聞きました。そして、もう一つ大事にしていたことは「スタッフとフラットに接すること」です。そこに上下関係をもうけないように心がけました。

これは、効きました。

実は、話の中で、仕事の話はほとんどしていません。例えば、学校のこと、彼氏のこと、最近楽しかったこと、むかついたこと、悩んでいること、最近のドラマ、好きな音楽、好きな芸能人、そんな仲の良い友達と話す内容から話すことからはじめました。

「そうだよね、そう感じるよね。」
「へー!!、なんでそう思ったの?」
「めちゃくちゃそれ良いね!それ教えてよ!」

話す機会が増えることで少しずつ何かが変わり始めました。仲良くなったあとは、少しずつ仕事での動きが変わり始めたのです。

店長時代のスタッフとの写真

「店長、何かすることはありますか?」
シフトがきついときに、頭を抱えていたら
「店長、私この時間帯ならいけますけど入りましょうか?」
こんな声をかけてくれるスタッフが現れました。そうすると、それは伝染していき他のスタッフからも声をあげてくれるようになります。あるとき、声をかけてくれたスタッフに聞いてみました。
「●●さん、もっとサービスを良くしていきたいんだけど今よりもよくするためにはどうしたらいいと思う?」

そうすると、「お客様の案内手順は、このほうがいいと思うんですけど」、「片付けの導線はこうしたほうがもっとホールにでる回数増えるので、接客できると思います。」

自分が気づかないことをたくさん話してくれたのです。

そこで、それを実践して、また課題を一緒に考えて、上手くいったことを店舗のルールにしていきました。そこまでいくと、私も店舗で働くのが楽しくなっていました。そこからスタッフは、1人も辞めることなく私の店長時代をチームとして全うしてくれる。そんな店舗が生まれたのです。

スタッフの提案をどんな提案でもまずは、受け入れてみる。そうすることによって、スタッフが主体的になって自分から意見を言うようになりました。そのために、スタッフの話を聴くことの重要性を知りました。

コンサルタントへの道

新大阪での店長を続ける中で、駅内工事を行うことから半年間店舗を閉めることとなりました。その告知があってから3か月前、自分は別の店舗に行くのか、新しい道に進むのかを考えるようになりました。理由は、「自分を更に成長させたい」、「色んな業界の人と仕事をしたい」という気持ちの高ぶりに加えデータを分析して、新しいマーケティング・マネジメントの提案ができる人材になりたいという想いが強くでてきていました。飲食店でも、商品分析、原価管理、人件費、販促分析など色々なITを利用したデータ活用を行いますが、そのようなデータを利用した人材のニーズが高まることを感じていたからです。そんな中、知人から紹介されたIT業界のコンサルティング会社に入社することになりました。

「新しい環境で頑張るぞ!!」
そんな勢いに満ちた気持ちは、入社直後に崩れ去ることになります。

10歳程違う敏腕コンサルタントについて業務を行うことになりました。ITスキル、クロージングスキル、プロジェクトマネジメント力は社内一の実力。仕事をもらうも、ことごとく粉砕。先輩に確認をすると「甘い」、「自分で全部やれ」の毎日、そんな日々を過ごした1カ月後先輩から、明日から、1人でまわってこいと言われました。始めは、足が震えたのを覚えています。

でも、今ではわかるのが、やらざるを得ない環境でしか人は成長しない。
自分の頭で考えて、自分で乗り越えないと何も始まらない。

そんな当たり前のようで、大切なことを先輩は教えてくれていたんだと気づきました。先輩はとても厳しかったですが、コンサルタントとしての顧客の対応、提案の付加価値を背中で全て教えていただきました。その先輩をモデリングしたことによって、自分のすべきことがわかったのです。

そこから、実践を続けて案件数を増やし、社内でもセミナー活動を進めるようになった頃、新規事業のグループリーダーに抜擢されるようになります。
コンサルタント人生の中で、はじめにこの先輩に出会えたこと、この経験は非常に自分の中で大きな出来事でした。

300万のコンサルの壁

新規事業では、主に人事情報を利用して人材育成、評価制度、組織の人員配置を提案するコンサルティング業務を担当しました。これまでは、導入支援として100万円ほどのコンサル料金での支援体系での会社体制でしたが、新規事業では3か月300万の導入支援を中心にコンサルを狙うことに方針となりました。受注はできたものの300~400万円のコンサルティングの価値をどう限られた時間で創出するのか、これを一から考えないといけない。はじめは、試行錯誤の連続でクライアントにも最低限の支援しかできず、頭をかかえた日々が続きます。

そんなある日、社長が飲みに誘ってくれた日がありました。

社長:「中澤くん、最近どう?」
私:「いやー、300~400万円のコンサルの価値をどうだすのか悩んでいます」
社長:「そっか、コンサルタントはあるべき姿を明確にして、それを導くことが仕事だよ。ちゃんとそのレールは見えてる?」

コンサルティング時代に採用ページに載ったときの写真

そう言われたときに、目の前のことだけに必死になっていた自分に「はっ」と気付くことになります。今のやるべきことにしか焦点があっておらず、長期的に考えた目指すべき行動を取れていなかったのです。その事に気づいてからは、お客様の目指すべき未来、そして今の問題の背景をしっかりと聞き、そのためには何をするべきかを徹底的に話すことに注力するようになります。提案する前に、話を聴くこと。これまでの経験が紐づいた時でした。あるべき姿から逆算して、今何をするべきか。毎回の打ち合わせから今の現状のズレを調整し、やるべきことを明確化していく。
この型ができたときに、顧客・営業時のコンサル提案の道筋が評価されその年、受注件数20社以上、4000万以上の売上を達成することとなります。また、その手法に関しては私自身があみだし、今まで社内に流通していない画期的な手法となりました。ありがたいことに顧客も増えた中、メンバーも増えコンサルタントとして、4年間勤務してきた中でグループリーダーを務め、メンバー管理などをする中で、「もっと密にクライアントの成長を長期的に1案件、1案件コンサルティング支援をしたい」という想いが芽生えました。

経営戦略研究所との出会い

そんなときに、義理のお父様が歯科医院を経営していることから歯科医院の課題・悩みなど歯科業界のお話を聞かせていただく機会が増えました。その時に、岩渕龍正の名前を知ります。
「歯科業界には、岩渕さんというすごいコンサルタントがいるよ、彼はすごいよ」そうお話を聞きました。どうすごいのか興味を持ち調べてみたところ、

・「売上目標なし」
・「業績に向き合うのではなく、クライアントにとことん向き合う」
・「社内で売上の話をするのではなく、クライアントがどうすれば成長するのかを徹底的に話合う」
自分がまさにやりたいコンサルティング支援でした。「ほんとにそんな会社があるのか」そう思いました。今までそんな会社を見たことも聞いたこともなかったからです。そこからすぐに赤本を購入し読み込み、また経営研究所の皆様とお話をするうちに、「密にクライアントの成長を1案件、1案件長期的にコンサルティング支援をしたい」これを叶えられるのはここしかないと思い、経営戦略研究所に入社。

多くの歯科医院を地域一番にしてきた岩渕メソッドと、私が培ってきた経験、特に店舗でのマーケティング・マネジメントの経験、コンサルタントしての経験を活かし、「1人でも多くの人に人生をより良くするためのサポートをしたい」そんな環境・成果をあげられるコンサルタントを目指し、地域一番医院創りに励んでいます。