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地域一番アドバイザー高橋 譲太郎

略歴

神奈川県出身。高校卒業後、父親の紹介で親戚の理容室に就職。 理容室に3年間勤務した後、キャリアアップのために美容師に転職し、 サロンワークを行う。全国でも数少ない、理容師・美容師のダブル ライセンス保持者。腰痛悪化により現場でのサロンワークから離れる。

その後サロンワークの経験を活かし、美容室の本部総合職にキャリアチェンジ。約60店舗(当時約40店舗)を展開する美容室グループで、集客販促・人事営業・店舗開発・SV業務などを兼任。会長・社長・FCオーナー直下のポジションとして、様々な業務を担当。段々と経営に興味を持ち、経営者に直接提案ができる営業職に転職を決意。

「美容+経営+成長環境」を実現できる株式会社リクルートに転職。リクルートでは美容室のコンサルティング営業として、個人店から100店舗展開をするグループ店を担当。媒体活用を通して、集客戦略・スタッフ育成はもとより、経費削減やサロンブランディングの実現をサポート。独自に構築した媒体活用マニュアルを基に、勉強会なども実施。営業としての実績も残し、営業表彰の受賞経験もあり

その後、自分で本格的にサロンを経営してみたいと考え、31歳の時にリクルートを退職し、独立してサロンをOPEN。独立後2年で2店舗のサロンを展開。経営の傍ら集客セミナー講師やIT企業の顧問も行う。

現在サロンを経営しながら、経営戦略研究所にも所属。これまでの経験と実践会の成功メソッドを掛け合わせ、人財育成・強いチーム構築・ブランディングを武器に、歯科医院地域一番の実現のサポートを行う。

【家族構成】
両親・姉二人・弟・妹/5人兄弟の3番目で長男/動物占いは面倒見の良い黒ひょう
6月14日生まれ/双子座のO型/趣味はドライブ・ゴルフ・バスケ

高橋をより知って頂くために

幼少期

神奈川県平塚市という、海・山・川が揃った街で育ちました。保育園の頃から活発で、泥だらけになりながら、擦り傷・切り傷は当たり前という毎日を過ごしていました。小学生になっても相変わらずの活発少年で、冬でも半ズボンで駆け回っていたのを思い出します。しかし当時、両親の教育は厳しく、夜は20時までに就寝、そして当時流行っていたファミコンも、買ってもらえないという家庭でした。

父親の職業は、指輪やネックレスを作る職人です。自営業であったため、景気の悪い時は不況のあおりを大きく受け、「うちにはお金の余裕がない」ということを言われていました。他の友達はファミコンを持っているのに、自分は買ってもらえない…。子どもの自分にとっては、とても大きな問題でした。「うちは何でファミコンを買ってもらえないの?」と父親の膝の上で訴えていました。しかし一方で父親は信念を持っており、しっかりと父の想いを語ってくれました。「物があれば幸せになれるという訳ではない。正しい行いを積み重ねていくことで、幸せになれるんだ」と語ってくれました。子共ながらに父親の言葉が深く心に染み込んできたのを覚えています。

バスケットとの出会い

中学生に上がると幼馴染の友人から「一緒にバスケ部に入らないか?」と誘われました。バスケットは、本格的にやったことはありませんでしたが、友人と一緒であれば楽しめるだろうと思い入部することにしました。中学のバスケ部は市内大会を3連覇している強豪でした。それに加え、小学校のミニバス経験者が何人もおり、初心者の自分にとっては、ハードルが高い部活でした。シュートはおろか、パス・ドリブル等、全てが基礎からの習得です。もともと運動自体は得意でしたが、自分よりも圧倒的に上手な先輩・チームメイトを前に、しばらく芽が出ない毎日でした。

その後、基礎を大切にして、練習を積み重ねた結果、徐々に練習試合で出場する機会が増えてきました。小さな事の積み重ねが、自分の武器になると感じたときでありました。自分の取り組みが成果になることの喜びを感じることができたのです。しかし、最終的には交代要員で呼ばれる事が多く、スターティングメンバーに選ばれることはありませんでした。公式戦に出たことはありましたが、活躍するほどではありませんでした。「このまま中途半端に終わらせたくない」そう感じた中学校3年生の引退後、迷わず高校でもバスケ部に入る事を決めました。

入学した高校は、強豪校という訳ではありませんでしたが、地元の中学校のエース級プレイヤーが何人か入部していました。中学生の頃はスタメンではなかった自分が、どこまで結果を出せるか、新しいチャレンジをしようと決意した瞬間でした。当時、シュートがあまり上手ではなかった自分が、生きる道は他にあると考え「相手のエースを押さえるディフェンスのスペシャリスト」を目指すことを一つの目標にしました。ディフェンスのスペシャリストというと聞こえは良いですが、シュートを決めるような華やかさは全くと言っていいほどなく、むしろその逆でした。時には相手のひじや膝が身体に当たりながらも、相手のエースを必死に食い止めることに全力を注いだのです。

徐々にその成果が実り始め、1年生の冬には5人中4人が先輩の中、一人だけスタメンに選ばれたのです。地道な事の積み重ねが成果を生み、自分のポジションを確立するということを実感した瞬間でした。自分より経験がある先輩、自分よりテクニックがあるチームメイトを押さえ、シュートを決めるわけでもない自分が選ばれたのです。目指すべき目標に向かって必要な努力を継続する大切さを学びました。しかしながら運命は気まぐれです。スタメンで試合に出られるようになってから数か月で、腰を怪我してしまいました。症状はかなり悪く、3か月間のリハビリが待っていました。身体を少し動かすだけでも激痛が走り、痛くて自転車にも乗れない毎日でした。

「大好きなバスケットを止めなくてはいけないかもしれない」自宅で父親にマッサージしてもらっている時に涙を流して話しました。その時に父親はこう言いました。「どうなるかは分からない。でも、できるようになる事を信じて頑張ろう。治療もリハビリも全てやってみよう」。父親の言葉に励まされ、もう一度頑張ることを決めたのです。そして、リハビリ期間を経て復帰し、またコートに立つことができるようになったのです。そして3年生の引退試合では最後の瞬間まで試合に出場していました。結果的に地区予選で敗退してしまいましたが、最後まで頑張ってきて本当に良かったと思える3年間でした。自分一人の努力ではなく、チームや家族の支えがあったからこそ、やりきることができたのです。

18歳 運命の選択

部活を引退後、3年生になると進路を決める時期に差し掛かります。部活で大きな怪我を経験した私は、怪我をしたスポーツ選手の支えとなるようなスポーツトレーナーの仕事をしたいと考えていました。しかし医療系の専門学校を調べてみると、どこも学費が高く年間で何百万円とします。自営業で不景気のあおりを受けていた父親に相談するまでもなく、その夢は諦めるのです。その一方で、オシャレに目覚めた年齢でもあったため、美容師にも興味を持つようになりました。そこで父親に「美容師の専門学校に行きたい」と相談しました。

医療系よりは学費は低めなので、大丈夫だろうと思っていたところ、返ってきたのは「うちは余裕がないから無理だ」という言葉でした。小学生の頃のファミコンの思い出が、ここにきてまたフラッシュバックしたのです。「なぜ自分の進路はダメなんだ。しっかり考えた結果なのに…」父親と大喧嘩して、家の壁に当たったことを覚えています。しかし神様が味方してくれたのか、親戚に理容室を営んでいる人がいると言われたのです。当時美容室と理容室の違いも良くわかっておりませんでしたが、やってみたいと思っていた業界での就職は、本当に嬉しいものでした。これこそが運命だと思い、理容室へと就職するのです。

社会人デビュー

理容室での仕事はとても多くの学びがあるものでした。お客様から頂く「ありがとう」の言葉が嬉しくて、お客様に喜んでいただけるには何をしていけば良いのかを毎日考えました。当時まだ床掃除やタオル洗い、先輩のアシストしか出来ない中、唯一直接お客様に触れることができたのはシャンプーでした。「シャンプーは指先から気持ちを伝えるものだよ」と先輩に教えてもらった事を体現するために、今できる技術で最高の仕事を行いお客様に喜んでもらいたいと研究したのです。時にはお客様の襟を濡らしてしまうこともありましたが、段々とスムーズにできるようになり、いつしか「シャンプーは高橋君にやってもらいたい」というお客様も増えてきました。一生懸命取り組んだ思いは、相手に伝わると感じた瞬間でした。

その後は後輩もでき、仕事も沢山覚えてカットもできるようになりました。しかしいつしかやりきれない思いも芽生えてきました。「もともと美容師になりたかったのに、今いるサロンは床屋…。本当は理容師になりたかった訳ではない…!」。お客様はパンチパーマや角刈りと言った床屋スタイルも多く、自分がやりたいと思っている仕事ではなかったと感じたのです。

そこで転職を決意するのですが、働きながら通信制の専門学校に通っていたため、免許を取るまではしっかりと続けようと考えました。親の紹介であり、住み込みで働かせてもらっている師匠に、頑張ってきたということを証明するためにも、免許取得を目標にしたのです。当時、通信制の専門学校生の国家試験合格率は40%程度と言われていました。10人中6人は不合格になるのです。通常の専門学校では95%以上という結果ですが、通信制は毎日働いている合間に勉強するので、合格率は低くなります。しかし、「絶対に合格する」と心に決め、仕事も勉強も集中して取り組んだ結果、見事一発合格することができたのです。目標に向かって集中して努力することの大切さを感じました。

新しい世界へのチャレンジ

その後、理容師→美容師としてステップアップしたものの、腰痛悪化と交通事故が重なり、現場での立ち仕事から離れる事にしました。転職するにあたり、今までの美容室の経験を活かして、美容室の本部職をやってみたいと思うようになりました。そして、いくつかの会社の面接を受けました。しかしパソコンが使えないことがネックとなり、ことごとく最終面接で落とされてしまいました。そこで、お金をかけてパソコンスクールに通うことを決めたのです。時には、お金を投資して自分のレベルアップをしなくてはいけないと感じたのです。最初はクリックしかできませんでしたが、徐々にパソコン操作にも慣れてきました。そして丁度スクールが終わる頃に、新しい就職先が決まったのです。

新しい会社は美容室をチェーン展開するグループ企業。会長・社長・FCオーナーとも接する機会が多くありました。全てが新鮮で、毎日多くの学びをもらえる環境でした。一番初めに任せてもらった仕事は、集客媒体を活用して、グループ全体の集客をUPさせること。とても大きなミッションでしたが、期待されていることが嬉しくて一生懸命頑張りました。その甲斐もあってか、集客は大きく伸び、新しい仕事も沢山任せてもらえることになりました。

人事営業として専門学校の就職ガイダンスに行ったり、新店舗を出店する際の業者取引の責任者として抜擢してもらえたり、SVとして各店舗を回りお店のコスト削減をしたりと、とてもやり甲斐のある仕事でした。沢山の事に積極的にチャレンジしていくことが、自分の成長につながるだけでなく、多くの人に良い影響を与えられると感じるようになっていきました。

その後、仕事は順調に取り組んでいましたが、「もっと経営の事を学びたい。その為にも経営者に直接提案ができる営業職をやってみたい」と思うようになります。そこで、もう一度新しい世界にチャレンジすることを決めるのです。

新しい世界へのチャレンジ

今までの経験を活かし、新しい成長につなげられる環境として選んだのが、リクルートのHot Pepper Beautyの営業職でした。美容業界の経験も長く、人と接することが好きな自分にとっては、最適な環境だと思っていました。そして、「早く営業デビューして、絶対に売れっ子営業マンになる」と思っていたのです。しかしながら、現実はそう甘くは無く、営業デビューしてからしばらくは売上未達成の時期が続きました。

徐々に自信も失われ「この仕事は向いていないのではないか」と考えるようになってしまいました。更に大きなクレームを3か月連続で頂いてしまい、完全に自信を喪失してしまいました。「来月もう一件クレームが来たら、もう辞めよう…」全ての事をマイナスに考えるようになってしまっていたのです。しかし、翌月にクレームは起こらず、辞めるきっかけは生まれませんでした。とは言え、相変わらずの売上未達状態。クレームこそ生まれないものの、楽しく仕事するなんてもっての他でした。そこで上司と、仲の良い先輩に思い切って「辞めたいです」と話しました。

「分かった、もう辞めなよ」と言ってもらえればどんなにか楽かと思うほどでしたが、その時に上司と先輩からは同じような言葉が返ってきました。「まだ本気でやっていないと思う。クライアントのことを本気で考え、本気で行動しなさい。そうすれば必ず結果は付いてくるから」。その言葉を聞いたとき、雷が落ちてきたかのようでした。自分はまだ本気になっていなかった。この仕事が向いていないと諦めていただけだった。この仕事が向いていないのではなく、自分が仕事に本気で向き合っていなかったのだ、と気が付いたのです。

それ以来、仕事への意識を変えました。本来やらなくても良いような事でも「もしかしたらクライアントが喜んでくれるのではないか」と考え、クライアントのための資料作りや勉強会を実施してみました。最初は大変でしたが、徐々に「ありがとう」と言ってもらえることが増え、楽しくできるようになってきました。自分が楽しめるようになると、周りにも良い流れが生まれるようになります。「今度知り合いが新しくお店を出すのだけれど、高橋さんに担当してもらいたいので、紹介しますね」と言って、紹介のお客様も増えていったのです。

徐々に成果が生まれ始めてきたのを感じました。そして「辞めたい」と話してから丁度半年後、とても良い業績を出すことができました。結果的に全国の営業マンの中から優秀な成績を出した5人のうちの1人に入り、表彰されたのです。「全ての自分の行いは、結果的に自分のもとに返ってくる」ということを実感しました。そうです。全ては未来への種まきなのです。自分が良いことを行えば良い実を結ぶ。自分がだらけてしまうと、その実は枯れてしまう。だから未来に対して、良い実を結ぶような行動を取っていこうと心に決めました。

独立・更なる高みへの挑戦

リクルートでの仕事はとても楽しく、本当にやりがいのあるものでした。しかしある時思うのです。「自分で最高の美容室をプロデュースしてみたい」と。それは多額のお金もかかるし、リスクもある。リクルートという大企業にいれば安定感はあるが、それを手放すことになる…。と考えましたが、やりたいという思いが勝り、退職し独立を決意しました。そして2013年7月4日にお店をOPENしました。当初の予定が大幅に遅れたので結果的にたまたまですが、この日はアメリカの独立記念日、そして自分の母親の誕生日でした。

お店の営業時間は9時~23時、年末年始以外年中無休としました。スタッフは3交代制/完全週休二日ですが、私は8時半~24時過ぎまでお店にいました。休みは月に1回あるか無いかの毎日です。OPENして間もないため、体調を崩しても休む訳にはいかないという状態でした。最初の一年目は朝から深夜まで働き、年間の休みはお正月を入れても15日間だけという激務でした。

身体が疲れてくると、気持ちに余裕が無くなり、いつしか笑顔が出せなくなってしまいました。お客様の前では無理やり笑顔を作るのですが、スタッフの前ではムッとしてしまったり、応援してくれている家族に当たってしまったこともあります。「自分が好きで始めたことなのに、仕事を楽しめていない…」と鏡の前で自問自答していました。

しかしその後、徐々に仕事のペースが作れるようになりました。スタッフの言葉に耳を傾け、お客様満足のために力を注ぎ、毎日が楽しめるようになってきました。相変わらず大変だと感じることは多くありましたが、「大変なのは、大きく変わるチャンス、大きく変えるチャレンジ」だと前向きに捉えられるようになりました

その後売上も順調に伸び、OPENしてから2年で2店舗を展開するに至ります。スタッフも増え、メディアに取り上げてもらうこともありました。しかし、ふと感じることがあったのです。早くにお店を2店舗持つことができ、スタッフも増えた。色々なことをできる可能性が広がったのに、何だかやりきれない…。モヤモヤした想いが晴れない日々が続きました。そして時間をかけ自分の気持ちを整理したときに、ようやく一つの答えにたどり着きます。「ただ働くだけの環境を作るのではなく、スタッフの成長がお客様満足につながり、その結果お店も繁栄していく。そんな成長環境を作りたいんだ」という思いが明確になりました。そうです。3つのためを実現できる最高の職場環境を作りたいと思っていたのです。

しかしながら頭では分かっていても、20人近くいるスタッフを一人でマネジメントするのは至難の業。しかも自分は経営者としてまだまだ経験が浅い。自分より年上のスタッフもいる。そうしてまた新しい悩みが生まれます。「一人一人が自分の事を考えるのではなく、チームとして全員で強くなりたい。想いを一つにして一緒に頑張ってくれる人財育成をしていきたい…」しかし明確な解決策は出ず、モヤモヤした日々は続きます。

経営戦略研究所との出会い

そんなある日、取引先のメーカー担当者に相談をすることがありました。「自分の力をもっと上げ、スタッフ全員で成長できる環境を作るために、コンサルティングやマネジメントを学びたい」。それを聞いたその担当者は言いました。「私の知り合いに歯科業界のコンサルタントがいます。良かったら会ってみますか?」。私は迷わず「はい、お願いします!」と即答したのです。

そして後日会ったのが、弊社マネージャーの萩原です。萩原から、経営戦略研究所でのコンサルティング内容、仕事を通してどのような力が身に付くのか、そして仕事観など、沢山のことを聞きました。私はその仕事の深さに興味を示し、沢山の質問をしましたが、萩原は嫌な顔一つせず丁寧に答えてくれました。萩原とはその日が初対面でしたが、3時間以上熱く語り合い、あっという間に時間が過ぎていきました。そして萩原は帰り際に「高橋さん、もし良かったら社長にも会ってみますか?」と言ってくれたのです。

その後間もなくして、弊社代表の岩渕に会う機会を設けてもらい、岩渕・萩原と3人で話しました。その日岩渕から熱い想いを聞き、私は強く感銘を受けました。岩渕がこれまで培ってきたもの、クライアントと一緒に築き上げてきたもの、そして経営戦略研究所の価値。その話を聞いた瞬間、自分の心に光が射したような気がしました。「この会社であれば自分を成長させられるのではないか。大変ではあるけれどこの会社で本気で取り組み、未来に対する種まきをしていきたい!そして最高の成果を創り上げていきたい!」と強く思ったのです。自分一人では壁に感じていたことを、経営戦略研究所と一緒に歩むことで、その壁を越えられると直感的に思ったのです。

今、私は美容室を経営しながら、経営戦略研究所のコンサルタントとして、クライアントの方々の夢の実現・目標達成のサポートをしています。私自身も感じる事ではありますが、人財を育て、本当に強いチームを作るのは簡単ではありません。しかし、全ては未来への種まきです。まいた種が素晴らしい実を結ぶように、日々の実践が大切です。実践会の成功メソッドと私自身の美容室経営の経験を最大限に活かし、経営のパートナーとして全力でサポートさせていただきます

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